すっかりブログ更新が滞ってしまった。仕事も身の回りも目まぐるしかったのでしょうがない。さて、アイフルは9月には和解し、10月には入金もあって終了。2chなどで騒がれていてすこし焦ったが、今のところ会社も存続している。
過払い金は、裁判所に行くのが困難になってきたので、結局妥協してしまった。32万だったかな?なんにせよ、これで10年位続けてきた借金生活とおさらばすることができた。これでもう信号待ちのドライバーからの視線が気になる国道沿いのATMや、消費者金融しか入っていない汚い雑居ビルのATMに人目を気にしながら入っていかなくてすむ。
喉元すぎればというやつで、生活は特に変わったことはなく、毎月よく(天井張り付きとはいえ)2〜3万円を返済できていたな、と感心してしまう。この辺の感覚が借金の怖いところである。今2〜3万円貯金しているかというとしていないのだ。懲りたのか懲りてないのかよくわからないが、私は今借金がないということだけは確かだ。
2010年8月18日水曜日
アイフルから取引履歴が発行された
16時頃アイフルより電話。取引履歴が準備できたとのこと。
取引履歴を請求した際に、自宅郵送か、窓口での引き取りのどちらかが選べた。窓口での引き取りをお願いしたので、電車に乗って取りに行くとにした。今日も真夏日なのか、とても暑かった。新宿の店舗に入ると意外とお客さんがたくさんいた。机や待合室はすべて埋まっていた。所在なく立っていると、スタッフが声をかけてくれて、取引履歴の件を話す。5分ほど待った頃に、取引履歴を手渡された。A4で3枚。数字がたくさん書いてある。アコムやプロミスのモノより見やすいと思った。
仕事中に抜けてきたので、一旦職場に戻る。職場のPCでこっそり引き直し計算をかけてみる。
過払い金:381,640円
利息込み:389,259円
という数字が出てきた。アイフルはとにかく交渉を渋ると評判である。最初の交渉では5割提示が標準らしい。8割和解で万歳ということもネットでは書いてある。
8割:311,407円
9割:350,333円
目標は38万で、35万での和解も考えておこう。8割はダメ。
明日は法務局の渋谷出張所に行って、「代表者事項証明書」を取りに行くとしよう。
取引履歴を請求した際に、自宅郵送か、窓口での引き取りのどちらかが選べた。窓口での引き取りをお願いしたので、電車に乗って取りに行くとにした。今日も真夏日なのか、とても暑かった。新宿の店舗に入ると意外とお客さんがたくさんいた。机や待合室はすべて埋まっていた。所在なく立っていると、スタッフが声をかけてくれて、取引履歴の件を話す。5分ほど待った頃に、取引履歴を手渡された。A4で3枚。数字がたくさん書いてある。アコムやプロミスのモノより見やすいと思った。
仕事中に抜けてきたので、一旦職場に戻る。職場のPCでこっそり引き直し計算をかけてみる。
過払い金:381,640円
利息込み:389,259円
という数字が出てきた。アイフルはとにかく交渉を渋ると評判である。最初の交渉では5割提示が標準らしい。8割和解で万歳ということもネットでは書いてある。
8割:311,407円
9割:350,333円
目標は38万で、35万での和解も考えておこう。8割はダメ。
明日は法務局の渋谷出張所に行って、「代表者事項証明書」を取りに行くとしよう。
2010年8月10日火曜日
アイフル完済
ついに、消費者金融すべての返済が完了した。ハタチそこそこで消費者金融に手を出して早10年。毎月どこかのATMで返済する生活を送っていた。グレーゾーン金利が撤廃される前は、町のいたるところに消費者金融のATMがあり、そこに入って返済を(時には返済のために借入を)していた。自動ドアをくぐるたびに、人に見られてるんじゃないかと、自意識過剰になったものだ。そんなハッキリ言って情けない借入と返済の生活を続けてきた。とはいえ、消費者金融業者に思うところは何もない。すべては自己責任のもとで行われたのだ。自分の金銭感覚がおかしかったのだと思う。
そして、今日、すべての返済が完了した。アイフルに電話し、全額返済を申し出て、この日までの完済金額を教えてもらい、渋谷駅のATM(本当に減ったものだ)まで自転車で行き、全額をATMに投入した。返済後、すぐにアイフルに電話して、取引履歴を出すように要求した。早くて10日かかるそうだ。取引履歴が出たら連絡があり、店頭まで取りに行く。最後の過払い裁判が始まる。今回は引き直し後、すぐに提訴。訴状の到着を待って連絡。多少負けていいので、早期の和解をめざす。
そして、今日、すべての返済が完了した。アイフルに電話し、全額返済を申し出て、この日までの完済金額を教えてもらい、渋谷駅のATM(本当に減ったものだ)まで自転車で行き、全額をATMに投入した。返済後、すぐにアイフルに電話して、取引履歴を出すように要求した。早くて10日かかるそうだ。取引履歴が出たら連絡があり、店頭まで取りに行く。最後の過払い裁判が始まる。今回は引き直し後、すぐに提訴。訴状の到着を待って連絡。多少負けていいので、早期の和解をめざす。
2010年7月28日水曜日
2010年4月14日水曜日
2010年4月4日日曜日
スタンダード&プアーズ
スタンダード&プアーズによるアイフルの格付けがCCCマイナスからCCCに格上げされたようだ。詳しくは金融アナリストの独り言というブログに書いてある。中でも
大幅な準備金積み増しによって、当面の過払い金支払い(キャッシュアウト)が財務的な影響にならないことを加味したものと読み取れます。
金融アナリストの独り言 (2010.03.29)より引用
というのが本当だとしたら、過払い金の請求者としては心強い情報なのではないか。
それにしても、金融、経営、投資、経済などなどを一般人が理解するのは難しい。単純化してわかったような気になるのは危険である。
2010年3月31日水曜日
取引履歴を見て
取引履歴を見るのはなかなかおもしろい。当時自分が何のためにお金を借りていたのかはまったく思い出せないが、そこには借入と返済を繰り返す自分の姿が、事実を裏付ける日付けとともに記されている。もし防犯カメラを見ることができれば、私の格好や表情まで確認することができるのではないだろうか。
98年に45000円を借りた私は1ヵ月後には全額返済している。給料が出るまで我慢できない買い物があったのかもしれない。そして、利子が怖くて給料が出るとすぐに返済したのだ。2週間くらいして、余裕が出てきたのか数千円単位の借金を繰り返すようになった。熱い風呂に入る前に、かけ湯をして少しづつ体を慣らしているかのようだ。数ヵ月も経つと、万単位での借金が目立つようになる。いくら借りても毎月同じ額しか返さなくても良いから歯止めが効かなくなってきた。そしてあっという間に限度額いっぱいのいわゆる天井状態になった。それからおよそ半年ごとに限度額アップの契約を繰り返し、3年で借金は50万になった。他の消費者金融やカードローンを足すと120万円くらいの借金があったと思う。
多重債務者が増えだした2002年に銀行のおまとめローンを申し込み、いったん全額返済した。数%の利息で毎月26000円を銀行に返していた。
それから1年も経たずに再度アコムと契約してしまう。そして履歴を見ると50万円を一回で借りていた。その頃軽いバイク事故を起こしてしまい、修理や補償に金が必要だったのかもしれない。今となっては曖昧でよく覚えていない。何にせよ、アコムはそれから7年間天井張り付き状態。グレーゾーン金利が撤廃されて、窓口で金利を18%にしてもらいようやく全額返済にこぎつけた。
何度も催促の電話が鳴り、借金を借金で返していた時期が長く続いた。返済日が近づくと気持ちが暗くなった。身内や友人・知人にも相談できず、ひとりで悩んでいた。最高で200万円くらいの借金になった。その後、生活を改め節約をし、払いやすいものから順番に返済していった。借金が20万を切ればもう一息だった。40万の壁が一番厚かった。金利が高いので払っても払っても減らないのだ。
借金とは何だったのだろうか。ゼロ年代は私にとっては借金で始まって借金で終わったと言える。もしかすると世界もそうだったのではないだろうか。
グレーゾーン金利が撤廃されていなければ、私は未だに少しも減らない借金を抱えて同じように悩み続けていたかもしれない。
98年に45000円を借りた私は1ヵ月後には全額返済している。給料が出るまで我慢できない買い物があったのかもしれない。そして、利子が怖くて給料が出るとすぐに返済したのだ。2週間くらいして、余裕が出てきたのか数千円単位の借金を繰り返すようになった。熱い風呂に入る前に、かけ湯をして少しづつ体を慣らしているかのようだ。数ヵ月も経つと、万単位での借金が目立つようになる。いくら借りても毎月同じ額しか返さなくても良いから歯止めが効かなくなってきた。そしてあっという間に限度額いっぱいのいわゆる天井状態になった。それからおよそ半年ごとに限度額アップの契約を繰り返し、3年で借金は50万になった。他の消費者金融やカードローンを足すと120万円くらいの借金があったと思う。
多重債務者が増えだした2002年に銀行のおまとめローンを申し込み、いったん全額返済した。数%の利息で毎月26000円を銀行に返していた。
それから1年も経たずに再度アコムと契約してしまう。そして履歴を見ると50万円を一回で借りていた。その頃軽いバイク事故を起こしてしまい、修理や補償に金が必要だったのかもしれない。今となっては曖昧でよく覚えていない。何にせよ、アコムはそれから7年間天井張り付き状態。グレーゾーン金利が撤廃されて、窓口で金利を18%にしてもらいようやく全額返済にこぎつけた。
何度も催促の電話が鳴り、借金を借金で返していた時期が長く続いた。返済日が近づくと気持ちが暗くなった。身内や友人・知人にも相談できず、ひとりで悩んでいた。最高で200万円くらいの借金になった。その後、生活を改め節約をし、払いやすいものから順番に返済していった。借金が20万を切ればもう一息だった。40万の壁が一番厚かった。金利が高いので払っても払っても減らないのだ。
借金とは何だったのだろうか。ゼロ年代は私にとっては借金で始まって借金で終わったと言える。もしかすると世界もそうだったのではないだろうか。
グレーゾーン金利が撤廃されていなければ、私は未だに少しも減らない借金を抱えて同じように悩み続けていたかもしれない。
司法書士のブログ
過払満額の5割返金で応じないなら今後は「全て控訴」、そして「任意整理の無利息分割には応じない」~過払い請求に対するアイフルの対応アイフルがこのような対応を取ってきているようです。個人での請求がより面倒になるかもしれません。アイフルについては法律家に頼もうか思案中。
司法書士 志村理のブログ 『うたた寝』 (2010.2.15)より引用
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